実例医学知識7 乳がんの基礎知識

1 乳房の構造  乳房は,全体の9割を占める脂肪組織とブドウの房状の乳腺組織で構成される。乳腺は,乳頭を中心に15個から20個がブドウの房のように胸筋に向かって広がっており,茎に相当する部分が乳管,房に相当する部分が小葉である。

2 乳がんの概要  乳がんは,乳腺組織で発生するがんであり,乳管から発生するものを乳管がん(90%),小葉から発生するものを小葉がんと呼ぶ。がん細胞や乳管又は小葉内に止まっているものを非浸潤がん,乳管や小葉の基底膜を破って広がったものを浸潤がんと言う。  本件乳がんは,乳がんとして一般的な浸潤性乳管がんである。乳がんの特質は,他のがんに比べて進行が遅いこと,早期に治療開始した場合の生存率が高く,そのために治り易いがんであること(多い順に,患者数:①大腸がん,②乳がん,③胃がん,死亡者数:①大腸がん,②胃がん,③肺がん,④肝臓がん,⑤乳がん),しかし,再発した場合には治療が極めて困難であることなどである。

3 乳がんの基本的な診断方法  乳がんの検査・診断方法は,視触診,マンモグラフィ(X線検査),エコー(超音波検査),CT,MRI,細胞診,針生検,外科的生検等である。各検査には一長一短があり,一つの検査だけで確実な診断はできないため,まず,視触診と画像検査を行い,乳がんの疑いを否定できない場合は,検体を採取して行う細胞診又は病理検査によって確定診断する。そして,その結果が陽性であれば,さらにがんの広がりや悪性度を判断し,病期(がんの進行度)を評価し,これらの情報に基づいて治療方法を決める。 具体的には,視触診とマンモグラフィ及びエコーを行い,要精査(乳がんの疑いを否定できない)の場合は,細胞診,針生検,外科的生検のいずれか,又は複数の検査によって確定診断する。  乳がんの前記特質から,早期に治療開始することが予後との関係で決定的に重要であるため,早期検査が強く勧められており,診断精度も年々,向上している。

4 乳がんの病期と治療方法

(1)治療方法の概要

手術,放射線療法,薬物療法に大別され,手術には,乳房温存療法,乳房切除術(部分切除,全部切除,乳腺切除等がある),腋窩リンパ節郭清,センチネルリンパ節生検,乳房再建術があり,薬物療法には,ホルモン療法,化学療法,分子標的療法の3つがある。具体的な治療方法は,病期(がんの広がりと転移の有無)とがんの性質に応じて決定する。  初期治療と再発・転移後に行われる治療に大別され,初期治療は,局所療法である手術を基本とし,微小ながんを全身療法である放射線療法,化学療法等によって死滅させる。  再発・転移後の治療は,確定診断の際に既に多臓器に転移しているか,初期治療の後に再発・転移した場合に行うもので,化学療法等の全身療法が中心となる。  再発・転移した場合は,完治が極めて困難なため,症状の緩和と生存期間の延長が目的となる。

(2)乳がんの病期と治療方針

乳がんの病期(ステージ)の定義と対応する標準的な治療方針はのとおりである。病期は,TNM分類に基づく0期から4期までの5段階で評価され,T(しこりの大きさ),N(リンパ節転移の程度),M(全身への進行度)を組み合わせて決定される。

 乳がんが乳腺内に止まっている段階(非浸潤性)が0期,乳腺外に浸出したものがⅠ期以上である。Ⅰ期とⅡ期はがんがあまり広がっていない段階で,しこりの大きさとリンパ節転移の有無により区別され,Ⅱ期はしこりが5cm以下である。Ⅲ期は,局所進行乳がんと呼ばれ,リンパ節転移が複数あり,癒着しているか,しこりの大きさが5.1cm以上でリンパ節転移がある場合で,Ⅳ期は肺や肝臓等の遠隔臓器に転移している場合である。

手術方法は,乳房温存療法(乳房温存術)と乳房切除術に大別される。 乳房温存療法は,乳房内での再発率を高めることなく,乳房の整容性を確保することを目的とし,乳房の多くを残し,がんとその周りの組織だけを切除する方法である。術後の放射線療法とセットで行われ,0期~Ⅱ期の場合の標準的な治療方法である。  Ⅲ期以上については,微小ながん細胞が全身に広がっている可能性が高いため,原則として,乳房切除術を行い,術前及び術後の薬物療法が中心となる。

(3)リンパ節生検

 がん細胞は,脇の下のリンパ節を経由して全身に広がるため,リンパ節に転移し易く,また,リンパ節への転移の有無程度は,術後の再発の危険性を評価する有力な情報となる。ところが,術前の検査ではこれを正確に調べることができないため,手術時にリンパ節を切除するリンパ節生検を行うのが一般的である。リンパ節切除は,肩や腕が動かし難くなる等の後遺症をもたらすため,切除範囲を最小限に抑え,リンパ節転移の可能性が低い場合は,がん細胞が最初に到達するリンパ節(センチネルリンパ節)のみを切除するセンチネルリンパ節生検を行う。

(4)乳房温存療法の可否(乳がん診療ガイドライン)

ア 乳房温存療法の適応は,病期Ⅰ期・Ⅱ期でしこりの大きさが3cm以下であり,かつ,がん細胞が広範囲に広がっていたり(マンモグラフィで広範囲の石灰化が認められる場合)や,二つ以上のしこりが離れた場所にあったりしない場合である(日本乳がん学会の推奨グレードA=十分な科学的根拠があり,積極的に実践するよう推奨)。

イ しこりが3cm以上であっても,術前化学療法により,しこりが縮小した場合の乳房温存療法の可否については,化学療法後は,がんの広がりについての画像診断が困難となること,術後に化学療法を行う場合と比べて,局所再発率がやや劣ることなどから,局所再発を最小限にするための適切な症例選択と切除範囲の設定を条件として,容認されており,積極的な実践が推奨されるレベルには至っていない(日本乳がん学会の推奨グレードB)。 患者が自分の病状とメリット・デメリットを理解した上で乳房温存療法を希望するのでなければ,適応はない。 専門医の間でも見解が分かれる可能性があるケースにおける乳房温存療法の適応は,それによって不利益を被る可能性のある立場にある患者の自己決定が重要であり,この患者の自己決定は,法的にも尊重され,乳房温存療法が相当であるかどうかは,最終的に患者の自己決定に委ねられるべきである。

(5)乳房再建術  

 乳房再建術は,手術で失われた乳房を形成外科の技術で再建することであり,乳房が失われたことにより生じる精神面及び肉体面での問題が改善される。乳房切除術と当時に再建する方法(Ⅰ期再建)と,別の時期に再建するⅡ期再建がある。 また,再建材料として,患者の体の一部の組織(自家組織)を移植する方法と,エキスパンダー(減菌された水を入れた袋)を胸筋の下に入れ,皮下組織を膨らませてからシリコンの人工乳房に入れ替える方法がある。  リンパ節転移の個数が多い場合は,放射線療法によって予後が改善されることが実証されているため,放射線療法が多く行われる。その反面,放射線照射は,皮膚にダメージを与え,皮膚が弱くなったり,伸び難くなったりすることから,放射線療法後の再建は成功率が低下する。

(6)薬物療法と効果予測因子

薬物療法は,ホルモン療法,化学療法,分子標的療法がある。乳がんの多くは,女性ホルモンによって活性化されるため(ホルモン感受性がある),女性ホルモンの影響を遮断することによってがん細胞を死滅させる。  抗がん剤は,がん細胞が細胞分裂する際の様々な段階に働き掛けてがん細胞を死滅させるもので,がん細胞の種類に応じて効果的な薬剤を組み合わせて用いる。  効果予測因子は,こうした薬物療法が有効であることを意味するがん細胞の性質であり,例えば,ホルモン受容体があることは,ホルモン療法の効果予測因子である。  HER2(ハーツー)は,乳がんのがん遺伝子の一つであり,HER2陽性であることは,再発し易いことを意味する(予後因子)反面,HER2を標的とする分子標的治療薬が開発されたことにより,分子標的治療の効果予測因子でもある。  また,Ki67は,細胞終期の程度を表す指標であり,抗Ki抗体に染色されるがん細胞の割合を調べ,%表示して用いるが,この数値が高いほど増殖速度が速く,その意味で悪性度が高いが,逆に,一般に増殖速度が速いがんには抗がん剤が効きやすいという性質がある。

医療事故の基礎知識

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